[読書]AIの話から人間と言語の関係が浮かび上がる──川添愛『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』

なぜAIは囲碁に勝てるのに、簡単な文が分からないのか──この問いに人間の言語を研究する言語学者の視点から迫った一冊。

ユニークなのは、イタチ村の「働きたくないイタチたち」が、自分たちが遊んで暮らすために「言葉のわかるロボット」をなんとか創り出そうとしているファンタジーと、その後の解説という構成になっている点。

モグラ、カメレオン、フクロウ、タヌキなどとのやりとりがかわいいんだけど、それぞれのキャラが機械学習や人工知能研究の各課題に取り組む人々を想起させるつくりになっていて、かなり専門的なことにも立ち入っているにもかかわらず、読んでいてとても楽しい。

(ちなみに、なぜ主人公がイタチなのかは、最後まで読むと分かります。)

そして、その物語や解説を通して、「言葉が分かる」ということが、いかに複雑で豊かな営みであるかが、「言葉が分かるロボット」を作る困難を通して実感されるつくりになっている。

(さらに、巻末に文献リストまでついているというありがたさ!)

言語学者から見た「絶対に譲れないライン」

あとがきで、著者の川添さんは、こんなふうに述べている。

この課題をクリアしない限り、言葉を理解しているとは言えない」という、「言語学者から見て絶対に譲れないライン」は提示したつもりです。この本を通して、言語の研究者が日々どのような「怪物」を相手にしているかを、読者の皆様に少しでも感じていただければ嬉しく思います。

その「絶対に譲れないライン」は、ちょうどこの本の構成に対応していて、目次を見るとそのあらましが分かる。

  1. 言葉が聞き取れること
  2. おしゃべりができること
  3. 質問に正しく答えること
  4. 言葉と外の世界を関係づけられること
  5. 文と文との論理的な関係が分かること(1)
  6. 文と文との論理的な関係が分かること(2)
  7. 単語の意味についての知識を持っていること
  8. 話し手の意図を推測すること

個人的にとても関心があるのが、最後の「話し手の意図を推測すること」。

たとえば、こんな例が挙げられている。

村の公園でトレーニングをしていたフクロウのボクサーが、ベンチに座って、「あー、ケーキ食べたい」とつぶやいたところ、近くにいたロボットが村のお菓子屋さんからケーキを持ってきたのです。しかし、当のフクロウは喜ぶどころか、ものすごく腹を立てます。(p.213)

せっかく減量中で我慢していたのにケーキなんか持ってきやがって、食べるわけないだろ……というわけだけど、この状況で持ってきたのが「水」だったら喜ばれただろう。

しかし、「◯◯食べたい(飲みたい)」という構文そのものは変わらないわけで、こうした一種の「言外の意味」を読み取るにはどうしたら良いのだろうか。

機械はコンテクストやフレームを読めるのか?

イタチたちのアプローチは、基本的には、壁にぶちあたるたびに、その壁を越えるべく、大量の情報をインプットして機械に学習させる方法だ。

しかし、発話者が誰か、その人がどういう時空間や文脈の中にいるか、対象物が何か、声の調子がどうか……人間が瞬時に判断していることの情報量はあまりに多く、データや例題を大量に入力する方法で機械ができるようになるとは、素人の僕にはとても思われない。

いや、いま「情報量」と言ったけれども、僕らが判断しているのは、数理的なものに還元できる「量」ではなく、「質」的なものなのではないか。

劇作家である平田オリザさんは、著書『わかりあえないことから』の中で次のように述べている。

同じ日本語を話していても、私たちは一人ひとり、違う言葉を話している。こういった話し言葉の個性の総称を、「コンテクスト」と呼ぶ。コンテクストは、本来は文脈という意味だが、ここではもう少し広い意味で、「その人がどんなつもりでその言葉を使っているか」の全体像だと思ってもらうといい。

(平田オリザ『わかりあえないことから』p.161)

人間には、「他人の知識や思考や感情の状態を推測する能力」、「コンテクスト」や「フレーム」といったものを読む能力がある。

この「コンテクスト」や「フレーム」には、言語情報だけでなく、声の調子やしぐさ、その場の雰囲気など、実にとらえどころのないものたちが複雑に絡んでいる。

数理的に解析し、この学習を機械ができるだろうか。

僕は文脈が何らかの形でかなり限定されない限り、このラインは相当難しいのではないかと思うが、いかがだろうか。

こんな本もあるらしい

ところで、同僚によると、川添さんの以下の著書もかなりオモロイらしい。なんでも「情報科学の基礎を魔法になぞらえた魔法使いの弟子の成長ファンタジー」らしい。読んでみようと思う。(こうして積ん読が増えていく……)

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